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コミュニケーションの質を高める その2

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 先週 コミュニケーションの質を高める 話をしました。 決まったこと 結果だけを伝えるのをやめよう。背景や意図・理由をしっかり伝えよう。という話をしました。 今日は2つお伝えします。 1つ目は 先程の背景や意図・理由を伝えてもらったら『自分の解釈が合っているか』を遠慮なく確認する。 2つ目は ツールを使い分けよう。 Chat、メール、電話、web会議、対面、トランシーバー等 コミュニケーションツールが一昔前より増えてきました。どのツールも長所や短所があります。 Chatは速報性と必要な全員に伝えやすい。  また全員にも伝えれるし個別にも伝えれる。簡単なやり取りがしやすい。 メールは長文や記録に適してます。 トランシーバーは近距離ですが、持ってる人全員に瞬時に伝わります。 電話は一対一に向いてます。緊急 今すぐ対応に向いている。 WEB会議は遠距離でも都合をつけやすいし資料共有しながらにも向いている。 対面はより深い関係性も築ける。 その場面 伝えたい内容で 最も適したツールがあります。最も適したツールを使っていこう。

コミュニケーションの質の壁

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新人さんが入りました。組織も変更しました。今はどうしてもパフォーマンスが落ちてしまう段階です。チームの発達段階で言うところの 「フォーミング」から「ストーミング」の段階だと思います。もっと細かく言うと 僕から観ても チームに寄っては まだまだフォーミングの段階や ストーミングになってる段階もあって 進んでるところは ジグソーパズルのピースがガチャガチャしてるタイミングです。 今日は「コミュニケーションの質の壁」の話をします。 コミュニケーションの量の壁を超えるのは 昔作った「ベースとなるコミュニケーションの仕組み」を実施していくことで超えていけると思ってるのですが、コミュニケーションの質の壁 ってなかなか超えていくのが難しいなと思ってます。 質を高めるにはどうしたら良いのか? 仕組みに沿って様々なコミュニケーションだけやっていても質の壁は超えれないと思っていて どうやったら良いかの一つにコレがあると思ってます。 ・決まったこと 結果 だけ伝えない そう考えた背景、理由、意図までしっかり伝える そこの言語化が必要なんだろうなと思います。 先日全体ミーティングで伝えたことを再度伝えます。 リーダーミーティングで「小さな違和感や予兆」を出してそれぞれで改善してもらってます。中にはどうでもいいんじゃない?って感じる内容もありますし、皆さん方もそう感じる場面もあるかもしれません。小さな違和感の「小さな」には大きな意味があります。大きな違和感となると手遅れになるケースもあるからです。 誰もが小さな違和感や予兆を見付けていけるように。社長だけが会社の課題を考える会社から全員が考えて改善していく会社にしていくために。 これはまずはリーダー陣からトレーニングしていってる ということ。 実際に月曜のリーダーミーティングでやってることの背景・理由・意図を伝えました。

コレって私だけ?

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 WBC 残念ながら終わりました。なかなか全てが期待通りにはいかないですね。 1年半前にロサンゼルスのドジャースタジアムで大谷選手を観たのが懐かしくなりました。今日は「これって私だけ?」のテーマの話をします。僕の思考パターン。 どこかで誰かに話したような気もします。。そのドジャースタジアムに行った時の話です。当時 5050のタイミングで日本からも大谷の試合を観戦に行ってる方が僕のFacebookにも沢山登場してましたし 現地に行っても沢山の日本人がいたように記憶してます。 日本からスタジアムに観戦に行った人や現地の応援の方も全て ユニホームを着るかキャップを被ってました。 僕も孫たちのキャップを買って帰るという重要なミッションがありましたので 買いましたが 自分のキャップやユニホームは買いませんでした。一緒に行った方々もほぼ全員 どちらか買って応援してる方が多かったのです。所が僕は全くそんな思考は無かったです。 なんで買わなかったか? 「次いつ着るんだろう?」という思考がまず走ったと思います。 日本に帰って着るかな?とか 結局パジャマになる? キャップは持ってるけど普段被らないなぁ。そんな思考が走ります。 体験は現地に行けて観戦出来ただけで充分。ユニホームを着て観戦するという体験まで考えない。体験を更に高めたいとは思ってない。 言い方を変えると 体験はするけど消費には巻き込まれない。群衆に流されない。 万博でミャクミャクを買わない。ディズニーランドに行ってもなんとかを買わない。そんな思考です。

嶋西鉱泉の事業承継の話

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1987年に実家に帰ってきて2年後 1989年4月に結婚して翌年1990年は法人設立でした。法人設立の直後 先日 こちらに来て挨拶してくれてた御坊市の嶋西鉱泉の事業を引き継ぎました。 記憶がハッキリしていないのですが、この案件は僕は父親から聞きました。僕が聞いたときにはもう全てが決まっていた。そんな記憶です。 当時 従業員だった中さんの継続雇用と嶋西鉱泉の経営者にも引き継ぎとして1年近くサポートして頂く。営業権に対して費用をお支払いする。僕が父から聞いたのはそんな内容でした。 お取引先が当時 ナカヱで100程度だったかと思いますが 引き継いだ嶋西鉱泉は数百件あったような記憶です。殆どが月数千円の売上でした。 元々はラムネ屋さんでしたが 引き継いだ頃は 大塚の商品を中心に卸しをしてました。ポカリスエットやオロナミンCです。製造業からそこに至る経緯は長年に渡って色々あったと思います。とにかく自社商品のように大塚の商品を売っていました。 大塚製薬の商品は日高御坊地域では一番販売量があったと思います。 このタイミングは当社にとっても間違いなく飲料に注力していく大きなきっかけであったと思います。 廃業するタイミングで事業をナカヱに譲ることを大塚製薬に相談したようでした。 その後、今の事業であるeコマースを開始して 当時のナカヱの取引先も嶋西鉱泉の取引先も 15年から20年かけてほぼゼロになりました。 間違いなくDNAは引き継がれてると思いますし、あの場で 「引き継いでくれて有難うございます。」というコメントはそういうことだと思います。 彼とは高校の時の同期で3年間一緒に部活動をしました。 色んな御縁で今に繋がってるんだなと改めて感じました。 その35年後に同じく御坊市の藤川商店を引き継ぐ事になったのも感慨深いです。