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会社にとって永年勤続の意味

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20年勤続表彰のお祝いをしました。 当社にはお陰様で30年以上勤務が2名、20年以上が3名、10年以上が4名。10年以上で合計すると9名 約3割のメンバーがベテランという構成になってます。会社の業務と文化を熟知しているメンバーが3割居てくれる。 熟知しているメンバーが居るメリットは 育てていくコストが圧倒的に抑えられる事 暗黙の了解 ノウハウの蓄積にも繋がる。 まず外部に出ていった場合も あの会社は毎回違う人ばかりだな という印象ではなかなかステークホルダーからの信頼も得にくい。10年以上の3割のベテランが居てくれることで企業のイメージアップに繋がります。これは地域に対してもそうですし お取引先に対してもそう。 幹部やリーダー 経営者が会社を導いていますが そんな永年勤務してくれてる方による信頼・信用がそれらを下支えしてくれてる。 永年勤続が増えるのは会社にとって良い事だらけです。が 1点だけ注意が必要で組織が現状維持で硬直化してくる可能性がある。 長く居る社員には現状維持ではない新たなチャレンジが必要です。

初めての試みは全くうまくいかない

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 先週は階層ごとの共感と意思決定の話をしました。もう一度お伝えすると 階層が上がるごとに意思決定は現場寄りで無く 会社全体としての意思決定を必要とする。現場には共感するも意思決定は違う。毎回 現場寄りの意思決定をしていくとその会社は変革が起きなくなる。 半年くらい前に組織変更をして 文鎮型の組織から変えていこうと進めてきましたが ホントになかなかうまく進まない。現場よりの意思決定をしてしまう。 もう1点あって これも昔からそうですが、物事の提案の起点が僕だけで他の方から殆ど出ない点。 3層4層に組織を変えていこうという これはこの会社では実際に初めてだったからかもしれません。以前からそのような階層組織で既に先輩がいたらその席に付けば良いのであの先輩はあんなことやってたからあのポジションになったらあんな事をやらないといけない。というのは理解が早いと思います。 初めての試みはなかなかうまく行きません。 あまりにも上手くいかないお陰で副産物というか 何故うまくいかないかを僕自身も非常に考える機会が出来た。 あまりにも上手くいかないから 「階層ごとの意思決定のバランス」なんていう事が言語化出来たのかもしれません。 あまり共有してませんが財務基盤を強化するために不動産も始めていこうとしています。これもなかなかうまく行きません。そう言えば 去年くらいから僕の中では初めての事が多くなってきました。 「M&A」 「会社分割」なかなか初めてのことはスムーズにはいかない。組織変更がこんなに大変だとは思わなかったです。

階層ごとに求められる「共感」と「意思決定」のバランス 当社の状況

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当社は長い間 文鎮型組織という 僕以外が全員フラット そんな組織に近かったと思います。今現在も実際はそうかもしれません。直近、そんな組織から変えていこう と動いている。次のステージに向かうために 40人 50人の組織に変わっていくために また 自走する組織に変わっていくために組織変更しています。 先日共有しました 階層ごとに求められる「共感」と「意思決定」のバランスの話をします。 会社が現場の声だけで意思決定していくと変革が起きなくなる。変革が起きない組織は衰退していきます。現場の希望と会社の意思決定は違ってこないと共感ばかりしていては滅びてしまう。 この宮ノ前ベースが出来るまで 解りやすい話でお伝えすると 名田の倉庫の時も美浜の倉庫の時も 雨が降ると 入荷商品を置く場所も無い 出荷商品を置く場所もない そんな状態だったかなと思います。そんな状態でも当時は売上を増やすためにアクセルは踏みっぱなしの状態でした。現場が大変なのは判るけどそれでも尚且つブレーキを掛けずにアクセルを踏み続けた。そんな印象でした。 現場に共感はするも意思決定は違っていた。引っ越す直前は安全面にも不安が出るくらいでしたのであれは問題だったなと思います。 恐らく ちょうどいい物量にブレーキを掛けていたら変革は何も起こらなかったと思います。如何にしてこの倉庫でこの物量を捌くか 非常に苦労も掛けましたが そのお陰で変革も起きたと思います。 常にそんな変革を起こしながら 何のノウハウも無かった我々が 今は非常に効率的な倉庫運営に成長してきてるんだと思います。 最近 意思決定が 昔より現場よりになってるなぁ と思うシーンが増えてきました。まだまだ出来そうなことはあるのに 現場に共感しすぎてブレーキを掛けている。アクセルを踏まない。無駄な業務を増やさない。大きな課題に挑戦しない。そんな組織になってるように感じます。 それは4年前 仕事場が同じになり 意思疎通が非常にやりやすっくなった事もあるからかもしれません。冒頭に言った組織変更をしていく過程で現場出身者が意思決定するから現場寄りになってるのかもしれません。 当社は「紙一重を超えていこう」という価値観を大事にしてます。会社にとって最適な意思決定で動けるようにしていきましょう。  

階層ごとに求められる「共感」と「意思決定」のバランス

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朝会で話した内容ではないですが、社内で 経験を積んで階層が上がっていっても なかなか身に付き難い案件ですので改めてこちらに記載しておきます。 こちら生成AIからの引用です。 【階層ごとに求められる「共感」と「意思決定」のバランス】 組織の役割は階層ごとに変わります。 特に「現場への共感」と「意思決定」の比率は意識的に切り分ける必要があります。 ■① 現場(オペレーション層) 共感:8 意思決定:2 ・現場のリアルを正しく捉える ・違和感や変化に気づく ・お客様の声を拾う → この層は「現場に寄り切る」が正解 ■② リーダー・マネージャー層 共感:5 意思決定:5 ・現場の気持ちは理解する ・ただし、そのまま通すのが仕事ではない →「感情は理解、判断は構造で行う」 ■③ 部長・事業責任者層 共感:3 意思決定:7 ・部分最適ではなく全体最適で判断 ・短期ではなく中長期で判断 →「痛みを伴う意思決定をする役割」 ■④ 経営層・経営チーム 共感:1〜2 意思決定:8〜9 ・現場理解はあくまで材料 ・判断は会社の未来・戦略基準 →「理解した上で、それでもやる」 ■重要なポイント ・現場の声は「意思決定」ではなく「材料」 ・部分最適と全体最適は役割として分ける ・短期最適と長期最適の視点を混ぜない ■よくあるズレ × 現場の声=意思決定 × 大変だからやめる × 忙しいから後回し →これが続くと変革が止まる ■意識する問い 「それは誰にとっての最適か?」 ・現場?チーム?会社? ・今?未来? 役割に応じて判断軸を変えることが組織の成長スピードを決めます。

創業100周年まであと6年

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明日、5月7日は昭和7年に中江商店が創業してから94周年の創業日になります。 先日から皆さんに100周年に向けてのアンケートを実施していますが、これは単なるアイデア出しでお願いしているわけではない。6年後の百周年に向けて今から何をやっていけばいいか。どうありたいか。何を大切にしていきたいか。そんな事を一緒に考えていきたい。と思ってます。 2032年 6年後、皆さんそれぞれ何歳になってますか?僕は70歳になってます。 2006年に社長になったので今年 丸20年になります。 実は父親が社長を降りて僕が社長になったのは父が73歳の時でした。その時は もう少し早くても良かったかな というのを感じてました。70歳くらいが丁度いいのかなと思ってます。 これは まぁ なかなか全てが思い通りには行きません。 今後、「この会社はどうなっていくんだろう?」という視点ではなく 「自分達がどんな会社にしていきたいのか?」という視点で日々仕事に関わってもらいたいと思ってます。 全員でとても楽しみな100周年にしたいなと思います。

価値経済と関係性経済 その2

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先週、価値経済から関係性経済の話をしました。 生まれ育った頃の小売の中江商店で影響を受けたのは 買ってくださってるお客様が全て関係性で買ってくださっている。卸もやってたので 多少価格の優位性もありました。関係性があって尚且つ価値も感じて頂いて買ってくれる。両方大事だった。ということです。 社会に出て スーパーに勤務していた時はどうだったか?こちらは今思い出しても価値経済でした。品揃え 価格 買いやすさ 売場の提案 や 鮮度 品質 価値経済の王道。 和歌山に帰ってきて 卸を実際にやってた頃はどうだったか?価値と関係性 その両方がやはり重要だったと思います。価値もしっかり提供しながら関係性も。そんなビジネスだった。 ネット販売を初めた時にも 関係性が必要だと思ったのは そんな それまでのリアルのビジネスが大きく影響してると思います。 弱者は価値の提供だけではなかなか難しい。厳しい。 別の観点から 同時にもう一つあるのが どういうお客様が買ってくださってるのか?に興味が湧いてる自分があったと思います。リアルのビジネスは我々のことも知ってくださってますし お客様のこともよく知っている。 同様にネットでも買ってくださってるお客様はどんなお客様なんだろう?と思うと同時に自分達も自己開示していこう。そんな思考が根底にあったように思います。 弱者は価値だけの提供では難しい。しっかり自己開示していこう。リアルでは自己開示って難しいですがネットではやりやすそうだ。という感覚も僕にはありました。

コミュニケーションの質 人狼ゲームでの出来事

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 人の入れ替わりのタイミングですので今日もコミュニケーションの質の話をします。 日本人はなかなかストーミングに入りにくくフォーミングで様子見で居ることが多いのは皆さん方も自分の普段の行動を振り返ると理解できると思います。 僕の担当ではないし 彼がやってるんだから リーダーが決めたことだから 他チームの領域だから。。。指示が来るだろうから。。組織は役割分担をすすめるとテリトリー意識が芽生え 傍観者となり当事者意識が蒸発していきます。 もう半年くらい前になりますが 僕の中では少し面白いことが起きました。 皆さんも覚えていると思いますがオフサイトミーティングの日に その前日に買ってきた「人狼ゲーム」を持ってきて これを使ってやってくれる?と当日 やや無茶振りなお題をブッ込みました。 2025年12月に実施した人狼ゲーム その後 リーダー陣何名かで開始までの時間 準備や打合せに大変だったように見受けられました。開始時間は既に決まっている。ルールの説明書を理解して誰がどうファシリテーションすれば良いのかぶっつけ本番。短時間で仕上げなければいけない状況が自然と生まれたからだと思います。 誰かがリーダーシップを取るだろう とか 得意な人が動くだろうとか そんな様子見をしてる場合では無かったんだと思います。ゴールに対して全員が当事者意識を持てていたんだと思います。 あの感じが業務でも生まれると良いのですが なかなか生まれにくいなと思ってます。

コミュニケーションの質を高める その2

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 先週 コミュニケーションの質を高める 話をしました。 決まったこと 結果だけを伝えるのをやめよう。背景や意図・理由をしっかり伝えよう。という話をしました。 今日は2つお伝えします。 1つ目は 先程の背景や意図・理由を伝えてもらったら『自分の解釈が合っているか』を遠慮なく確認する。 2つ目は ツールを使い分けよう。 Chat、メール、電話、web会議、対面、トランシーバー等 コミュニケーションツールが一昔前より増えてきました。どのツールも長所や短所があります。 Chatは速報性と必要な全員に伝えやすい。  また全員にも伝えれるし個別にも伝えれる。簡単なやり取りがしやすい。 メールは長文や記録に適してます。 トランシーバーは近距離ですが、持ってる人全員に瞬時に伝わります。 電話は一対一に向いてます。緊急 今すぐ対応に向いている。 WEB会議は遠距離でも都合をつけやすいし資料共有しながらにも向いている。 対面はより深い関係性も築ける。 その場面 伝えたい内容で 最も適したツールがあります。最も適したツールを使っていこう。

コミュニケーションの質の壁

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新人さんが入りました。組織も変更しました。今はどうしてもパフォーマンスが落ちてしまう段階です。チームの発達段階で言うところの 「フォーミング」から「ストーミング」の段階だと思います。もっと細かく言うと 僕から観ても チームに寄っては まだまだフォーミングの段階や ストーミングになってる段階もあって 進んでるところは ジグソーパズルのピースがガチャガチャしてるタイミングです。 今日は「コミュニケーションの質の壁」の話をします。 コミュニケーションの量の壁を超えるのは 昔作った「ベースとなるコミュニケーションの仕組み」を実施していくことで超えていけると思ってるのですが、コミュニケーションの質の壁 ってなかなか超えていくのが難しいなと思ってます。 質を高めるにはどうしたら良いのか? 仕組みに沿って様々なコミュニケーションだけやっていても質の壁は超えれないと思っていて どうやったら良いかの一つにコレがあると思ってます。 ・決まったこと 結果 だけ伝えない そう考えた背景、理由、意図までしっかり伝える そこの言語化が必要なんだろうなと思います。 先日全体ミーティングで伝えたことを再度伝えます。 リーダーミーティングで「小さな違和感や予兆」を出してそれぞれで改善してもらってます。中にはどうでもいいんじゃない?って感じる内容もありますし、皆さん方もそう感じる場面もあるかもしれません。小さな違和感の「小さな」には大きな意味があります。大きな違和感となると手遅れになるケースもあるからです。 誰もが小さな違和感や予兆を見付けていけるように。社長だけが会社の課題を考える会社から全員が考えて改善していく会社にしていくために。 これはまずはリーダー陣からトレーニングしていってる ということ。 実際に月曜のリーダーミーティングでやってることの背景・理由・意図を伝えました。

コレって私だけ?

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 WBC 残念ながら終わりました。なかなか全てが期待通りにはいかないですね。 1年半前にロサンゼルスのドジャースタジアムで大谷選手を観たのが懐かしくなりました。今日は「これって私だけ?」のテーマの話をします。僕の思考パターン。 どこかで誰かに話したような気もします。。そのドジャースタジアムに行った時の話です。当時 5050のタイミングで日本からも大谷の試合を観戦に行ってる方が僕のFacebookにも沢山登場してましたし 現地に行っても沢山の日本人がいたように記憶してます。 日本からスタジアムに観戦に行った人や現地の応援の方も全て ユニホームを着るかキャップを被ってました。 僕も孫たちのキャップを買って帰るという重要なミッションがありましたので 買いましたが 自分のキャップやユニホームは買いませんでした。一緒に行った方々もほぼ全員 どちらか買って応援してる方が多かったのです。所が僕は全くそんな思考は無かったです。 なんで買わなかったか? 「次いつ着るんだろう?」という思考がまず走ったと思います。 日本に帰って着るかな?とか 結局パジャマになる? キャップは持ってるけど普段被らないなぁ。そんな思考が走ります。 体験は現地に行けて観戦出来ただけで充分。ユニホームを着て観戦するという体験まで考えない。体験を更に高めたいとは思ってない。 言い方を変えると 体験はするけど消費には巻き込まれない。群衆に流されない。 万博でミャクミャクを買わない。ディズニーランドに行ってもなんとかを買わない。そんな思考です。

聴覚はまだブルーオーシャン

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数カ月 苦戦している中で 競合店舗の話はよく出ます。 卸をやっていた時も自動販売機の事業も 当時競合が多くて苦労しました。 多いと言っても皆さんが今 ネット販売で国内で競合となってる相手ほど多くない あっても数社程度ですが そんな 卸や販売機の事業から ネット販売に参入したタイミングは 唯一競合は全く居なかった まさにブルーオーシャンな状態でした。 値付けはそうだなぁ。。当時のコンビニや百貨店で買うよりは少し安い程度。という自分の中での設定でした。おそらく2年後には競合が出来てきたと思います。 本気でやるには参入障壁は高いが、扱い安いので簡単に参入は可能です。 ランチェスターで 戦略とは戦いを略すという表現をする場合もあります。 設定が江戸時代になってるのはNanobananaのバグ? 実は先日Podcastで面白い話があってこの話を思い出しました。そう言えばネットに参入したのもそんな思いがあったなぁ。と どんな内容かというと 今の時代、視覚はもう取っていくのがなかなか難しい市場になってる。 本から始まりテレビ、Youtube、Netflix、ショート動画、インスタ、SNS全般。 聴覚はまだ そんな視覚と比較するとブルーオーシャンです。

嶋西鉱泉の事業承継の話

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1987年に実家に帰ってきて2年後 1989年4月に結婚して翌年1990年は法人設立でした。法人設立の直後 先日 こちらに来て挨拶してくれてた御坊市の嶋西鉱泉の事業を引き継ぎました。 記憶がハッキリしていないのですが、この案件は僕は父親から聞きました。僕が聞いたときにはもう全てが決まっていた。そんな記憶です。 当時 従業員だった中さんの継続雇用と嶋西鉱泉の経営者にも引き継ぎとして1年近くサポートして頂く。営業権に対して費用をお支払いする。僕が父から聞いたのはそんな内容でした。 お取引先が当時 ナカヱで100程度だったかと思いますが 引き継いだ嶋西鉱泉は数百件あったような記憶です。殆どが月数千円の売上でした。 元々はラムネ屋さんでしたが 引き継いだ頃は 大塚の商品を中心に卸しをしてました。ポカリスエットやオロナミンCです。製造業からそこに至る経緯は長年に渡って色々あったと思います。とにかく自社商品のように大塚の商品を売っていました。 大塚製薬の商品は日高御坊地域では一番販売量があったと思います。 このタイミングは当社にとっても間違いなく飲料に注力していく大きなきっかけであったと思います。 廃業するタイミングで事業をナカヱに譲ることを大塚製薬に相談したようでした。 その後、今の事業であるeコマースを開始して 当時のナカヱの取引先も嶋西鉱泉の取引先も 15年から20年かけてほぼゼロになりました。 間違いなくDNAは引き継がれてると思いますし、あの場で 「引き継いでくれて有難うございます。」というコメントはそういうことだと思います。 彼とは高校の時の同期で3年間一緒に部活動をしました。 色んな御縁で今に繋がってるんだなと改めて感じました。 その35年後に同じく御坊市の藤川商店を引き継ぐ事になったのも感慨深いです。

高知 馬路村の視察

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高知の視察 今回は感慨深い視察先がありました。 馬路村農協です。誰もが聞いたことある農協だと思います。ちなみに 印南のJAは 30年くらい前に「いなみみなべ」「紀州」「和歌山」と変換していきましたが、馬路村はそのままです。 馬路村は ゆずの名産地で 今は量販店には ゆずポン酢 ごっくん馬路村などが販売してます。 ゆずの森加工場という所を視察しました。この村は人口が700人 この周辺で言う美山村より人口が半分くらいです。 感慨深い内容とは 父親の後を継ぐということで印南に帰って中江商店をやることになるわけですが、非常に厳しい状況でして・・頑張って新たな販路を開拓してやっててもどう考えても自分の食い扶持を賄う程度のスケールにしかならない。一方で当時 梅干しを製造する会社は田舎でも非常に大きなビジネスを展開していた。とても羨ましくそんな会社を見ていたのを思い出します。 当社は仕入れたものを地元で販売するというビジネスモデルで そうではなく全国に販路があるというのは良いな と思ってました。 また丁度 時代が地方の良いモノが全国に広がっていくそんな走りの時代でした。 昭和の時代はNBブランドが台頭してくる時代でしたが、平成の時代は「地方の良いものが全国に広がっていくそんな時代」僕の中では 馬路村の製品はその時代のシンボルであった。 なぜ成功したのか?ネットで調べるとキーマンが居たり 歴代の組合長のリーダーシップや村の協力もあったらしいです。 説明をして頂いた担当の方に 成功につながる一番の要因を伺ったら「タイミング」だと言われてました。その後 全国から 視察に訪れるも どこも二番煎じとなったケースが多かったのではないかと思います。

用意周到・準備万端

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昨夜、今日の出勤のために車のフロントガラスの氷を溶かしてワイパーを上げて駐車の向きも変更しておいて、そんな準備のお陰で今日 比較的スムーズに出勤出来ました。 今日は事前の準備 楽天で言うところの「用意周到」の話をします。 朝会もいちおう準備はしてます。皆さんもだいたい準備してくださってるのがよくわかります。中には準備できてない人も居て そういうのはすぐ解ります。 「用意周到・準備万端」は行動指針などにも入れてませんが、コレは入れておいたほうが良かった と思うその一つです。 弓をやってるときは「何が起きても全て想定内に準備しておく」というのが基本でした。 ビジネスもそう。しっかり準備をすることで 次の一手にすぐに動ける スピードが出る。今の当社のフェーズは判断を分散していく。現場が自律的に動く。スピードを上げる。そんなフェーズです。そんなフェーズだからこそ その場で考えてから動くではなく 準備万端で即動ける。 そんな状態がより必要になってくるんだろうなと思います。 用意周到・準備万端

現場スタッフはどう変わっていくのか?

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直近2回 次のステージに向けての話をしました。 社長の役割が変わってくる。経営チームやリーダーの役割が変わってくる。 全てが社長起点だったのが 現場起点になる。それぞれが課題を見付けて判断していく会社になる。これは問題が多くなりすぎて従来では社長や上層部が判断すれば良い状況だったのが 全てを指示して判断していると処理できなくなる。そんな状況になってきます。既に直近の僕はその状態です。おそらく企画室メンバーも一部はそんな状態になりつつあると思います。 今日は現場スタッフはどう変わっていく必要があるか?という話です。 今までのように ・指示されたことを正確にスピーディーにやっていく。 ・問題が起きたら報告する ・持ち場の数値を把握する これ以外に ・小さな違和感に気づく ・数字を見ながら仕組みで改善する 今まではスピートが早く正確にデキる人。ミスをしない人。が評価されていたかもしれません。 今後はそれ以上に早く正確に出来る仕組みを作れる人。ミスをしないような仕組みを作れる人が評価されていく そんな会社にしていきます。 もう1点 現場の皆さんに大きな役割があると思っていて 総じて 現場が変化をすることも重要ですが 経営者である僕 や 上層部・リーダーが しっかり変わっていけるかどうか?がカギになってきそうです。 僕や上層部が しっかり変わっていってるか?今まで通りの仕事のやり方をしてないか?現場の仕事を手放せているか?厳しくチェックしながら自分達も仕組みづくりを出来ているかの問いをし続ける。 経営は分散判断 現場は自律改善