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6月の第一土日といえば・・・

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6月の第一土日が終わりました。 毎年 この時期になると思い出すことがあります。 今年の高校生達はコロナの影響で無くなってしまいましたが、インターハイの県予選。 当時も6月の第一土日。たしか2日3日とかだったと思います。 自分が今の高校3年生の立場だったらと思うと そのやり場のない苦悩をどう処理できるのか この年令になっても想像できません。 当時 日高は総体県予選の壮行会を体育館で全学生にやってもらったのを覚えてます。 僕自身は2年生の秋ごろから遅咲きでしたが芽を出し始めて 2年生の3学期のころには目標が「男女揃ってのインターハイ出場」というのを口に出して言ってました。 終えてみると 目標を口に出して言う のはとても大事だったと思います。 でもメンバー全員がそういう気持ちで当日までの数ヶ月 挑めてたかというとそうではありませんでした。 5人団体で 3年生が3名しか居なく その内の1名は 大きなスランプに陥ってましたので実質2名。3名は下級生から出さなくてはなりませんでした。 当日までもチーム運営に関わる部員内のゴタゴタが様々あって当日を向かえることになったわけです。どう感じてるか?どう臨むか?のすり合わせで長期にストーミング期が続いていた。今でもそんな印象が残ってます。 まだ17歳だった僕の中ではそれまでの人生では最も重要な 正に運命の2日間。 その2日間ある総体予選の初日は個人戦。その日は熊ちゃんも一緒でした。僕より一つ前の立ちだったと思います。 初日のことはそれほど思い出せないですが一人四ッ矢3回の12射。全部中てたのが僕と新宮高校の菊池君の二人で 優勝を決める競射で僕が優勝できました。 非常に嬉しかったわけですが、目標は男女揃ってのインターハイ出場だったので翌日に向けてチームを鼓舞していたのを思い出します。 翌日の団体戦での記憶は 団体予選のあと トーナメントに入ってから試合を重ねるうちにチームがより強い結束力を持ってきた。本当にイケるんじゃないか、目標に近づくにつけて全員のベクトルが見事に一致していった。勝手な行動を取るメンバーは誰ひとり居ない。チームが一つになってる。そんな記憶があります。今でもスポーツを見ててトーナメントで勝ち上がっていくにつれてチームがどんどん強くなるのはその時の経験でとても理解できます。 で、団体戦も優勝でき目標は叶うわけなんですが 僕

「教えない教え」

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土曜日、全体ミーティング お疲れさまでした。 普段 なかなかやらない OFF-JT 勉強会やっていただきました。メニューも教わるだけではなく自分で実際にお買い物をする という気づきを得れるメニューになってたのが とてもいいなと思いました。この「教わるんじゃない気づき」というのが大事という話です。 また例によって 弓の話になります。 タイトルを付けるとしたら「教えない教え」です。 これは大学卒業して10年位経過してようやく気づいたことです。 うちの部は 日置流印西派という流派で 宗家の先生が 浦上栄先生 この先生はとても良く中る先生だったそうです。よく現役の時にエピソードを聞きました。 明治15年生まれ 僕が大学に入る10年前くらいには亡くなられている方で 僕たちが教わった監督の師匠・先生です。 僕たちが教わった監督は その浦上先生に付いていた当時 いい道具やいい着物を持っていたので良くあちこちに連れて行ってくれたようです。 その先生は僕らが教わった杉田監督にどういう事を教えたかというと「杉田さん伸びるんですよ」「伸びてれば良いんですよ」と教わったそうです。 俺は受け売りなんだと言って当時の学生たちにも「伸びろ」としか教えない。 中ると「今のはよく伸びてた」 外すと「今のは伸びが止まった」 というふうに言うわけです。 先輩たちは技術的なことを色々指導するんですが監督は「伸びること」これしか言わない。当時は面白い人だな。もっと他に教えることあるだろうに。 逆に細かい技術的なことには拘らない無頓着なお爺さんくらいにしか思ってませんでした。 それが卒業して何年か経過して あの教え方は 肝心なことは自分自身で気づけるように導く教え方なんだな ということが解った。「伸びるんですよ」 と言われ続けると じゃー どうすれば伸びれるようになるんだろう???と考えるようになります。 非常に考え抜かれた 肝心なことは何一つ教えずに 重要なことを自分で気づける シンプルな教え方だと気づきました。 受け売りなので 浦上先生が偉かったんだと思いますが 卒業して10年後に「杉田監督は肝心なことは何一つ教えなかったな」と後輩と話したのを今でも覚えてます。

正射必中の考え方

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仕事をやっていて ビジネスでの気付きは 全て 昔 弓で学んだことが多い。と感じることが最近とても多くなってきました。 で、つい最近もある記事を見て 同様の感覚を覚えました。 長年自分の中で悩ましい問題だった案件のひとつ。 「目標の捉え方」についてです。 目標をどう捉えれば良いのか? 高い目標は始める前に諦めの空気が流れてしまう。 途中経過で辻褄が合わなくなってくる。 その記事は ゴディバジャパンの社長さんの記事です。 「正射必中」弓道の考え方が、ゴディバの7年で売上3倍を実現した 彼はフランス人で日本に来て30年 弓道をされている方です。外人が弓を引いてるビジネス記事だったので興味がわき直ぐにその記事を読みました。記事の一部を紹介します。 “弓道には「正射必中(せいしゃひっちゅう)」という言葉があります。これは、正しく射れば必ず当たるという意味で、「的に当てることではなく、正しく射ることに集中する」。そうすれば必ず結果が付いてくるという考え方です。  これがビジネスにおいても当てはまると考えています。私たちは、常に売上や目標ばかりを気にしがちですが、まずは正しいことに集中する。そうすれば、自然と結果が付いてくるのです。” 「正射必中」 この言葉は高校で弓を始めると真っ先に目にする言葉です。なので景色になってしまい逆にそれほど深く追求しない言葉かもしれません。 弓は(ゴルフも同じだと思いますが)結果に僅かでも執着するとフォームが乱れます。フォームが乱れると中らないわけです。ゴルフの場合だとボールが曲がって飛んでいく。プレイの最中 どれだけ自分のやることに集中しきれるか勝負。 「正射必中」の正しい射に集中仕切る ゴールにフルコミットするためにプロセスに集中仕切る。 いずれ結果は必ずついてくる。 長年悩ましかった「目標の捉え方」が自分の中では消化できた気分です。

他人と過去は変えれない。未来と自分は変えられる。

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一昨日 2回目になるキリンの工場見学に行ってまいりました。5組のお客様にご参加いただき 丸一日一緒に過ごしました。 またどこかで報告したいと思います。塚本の進行が秀逸でどこかで皆さんにもお披露目出来たら良いなぁと思ってます。 今日は別の話。 ネットショップのスタートが早かったことで色んな場面で経験をお話させていただく機会やお話を伺う機会があります。 最近感じてることですが ネーションズ や 和歌山e研 も結局そうですが それぞれの店舗さんによって抱えてる課題が違う。 それに対して何ができるか?というと 具体的なことになると結局 何もできない。 こちらからは変えることは何も出来ない ということ。 それぞれが 変わろうと思って動かないと何一つ変わらない。 改めて これ スポーツと全く同じだなぁと感じてます。 僕自身 先輩に具体的なことをいくら教わっても モノになりませんでした 先輩になってから 後輩にも具体的なことを 丁寧に伝えても 結局 それは直接には 効果が出なかった。まるでダメだったかというとそーではないですが それは本人がそれを参考に自分自身で動いたから。 それによって効果が出てきた。 同様に社内でも それぞれ 一人ひとりに課題があったりします。1on1で出て来てることもあると思います。 結局、これも 誰かが その課題解決を変わってくれる訳でもなく 教わって解決できる訳でもなく 最終 本人が その課題を克服しようと思わない限り どれも解決出来ない。 よく言われる 「他人と過去は変えれない。未来と自分は変えられる。」 当たり前のことですが ここ最近 とても感じてる事です。

イチローさん引退 「継続」するということ。

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イチローさんが引退しました。 3月21日に引退会見されました。 ご覧になった方も多いと思いますが、引退会見の一言一言すべてのコメントが素敵でした。 「少しずつの積み重ねが、それでしか自分を超えていけないと思う。自分がやると決めたことを信じてやっていく。」 とても印象的なコメントでした。 僕たちの行動指針の1番最初に「継続」は強い意志をもって と書かれています。 まだ お披露目してから1週間ですが、この1週間 決めたことを継続できてますか? 「継続」 僕自身 行動指針を作るなら 是非とも入れてもらいたかった言葉の一つで なかなか自分でも難しい行動の一つです。 社内でも何度も出てきましたが これは成功曲線です。 努力しても成果はすぐに現れない。成果はずいぶん遅れてやってくる。 極端な言い方ですが 成果が現れるまで「継続」しないと成果は出ない。 僕は店舗運営では継続できたことがいくつかありました。 他の店舗さんは効果が見えないから続けれれなかったことも続けることが出来ました。 来週の月曜に実施する4月1日のエイプリルフール企画もその一つです。 一人で運営していた時も自分自身が楽しくて続けてました。 何度かお話したかもしれませんが、 1つは自分自身の強みのお陰かなと思います。  自己確信を持ってるので コレは続ける価値がある と思えると続けれるんじゃないかと思います。 もう1つは 学生時代 弓をやっていたお陰で 成果がすぐに出ないことには慣れてます。僕の中ではごくごく当たり前です。

後輩の結婚式に参列してきました

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一昨日、後輩の結婚式に富山へ行ってきました。 3・4年前に大学を卒業したOB同士 同期同士の結婚式でした。 当時、部内の問題で僕も頻繁に上京していたタイミングに現役だったOBです。 夕方の4時から富山市の護国神社で挙式を行い、その後 式場に移動して7時から披露宴が執り行われました。 同期や前後の学年が数代 集まる中に 呼んでもらいました。 とてもゆっくり流れる時間の中 両親への感謝 周りへの感謝 これから二人で幸せな家庭を育むことのへ誓い 新婦より新郎が泣いていたり 素直に自分達の言葉で自分達の想いを伝える事をしている 若い二人に 心が洗われる そんな想いで 素敵な時間を過ごしてきました。 改めて 当社のスタッフにもそうですが 若い連中には 学ぶことが多いです。

損得より先に善悪を考えよう

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以前にお題にあった「最近の気になるニュース」の話です。 直近では真っ先に日大のアメフトが頭に浮かびます。 (画像はライブドアニュースより) 日大フェニックスが、27年ぶりに優勝した翌年に問題が起きています。 大学の体育会を経験していると なぜ そのタイミングで あのようなことが起きたかというのが とてもよくわかります。 大きく負けた後、大きく勝った後 にその裏返しのように大きな問題が起きます。 実際に現場で何がおきていたか?というのは解らないです。 また、問題になってる事実は一つかもしれないけど、それぞれの立場で見え方も違っていたかもしれません。 事実は客観的には何通りにも見え方があると思います。 見え方が違っていると「どう感じていたか?」についてもそれぞれの立場によってさらに違っていたように思います。 勝つことを一番の目的にやっている大学の部活動だと確かにああいう風になってもおかしく無い。 何をやってもいいから勝つことを考える。 そんな錯覚に陥ってしまうのはよく解ります。 ビジネスでも自社の利益を追求することだけを考えると 何をやってもOKという感覚に陥ってしまうのかもしれません。 商業界の言葉にこんな言葉があります。 「損得より先に善悪を考えよう」

やる気は5分で消える

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 大学の弓道部 部員全員と指導陣でLINEでグループを作ってます。 2012年 世の中にLINEが認知されだした頃 ちょうど当時の監督が部に来れなくなって代行で頻繁に行かないといけない状況だった頃に日報メールとLINEグループをつくりました。それが今でも続いてます。まだ大学生の中にも数人ガラケーの者もいた時代でした。 5つタイトルがあるうちの2つ 直近この2週間にありました。全関東選手権と選抜大会。 LINEで試合の進捗報告がその都度あるんですが 先週の試合 昨日の試合といずれも 力を発揮すること無く終えたようでした。普段通りの力が発揮できていれば どちらか1つくらい獲れた試合です。 ながらく行ってないのでチームの状態の詳細は解りませんが 何となく想像がつきます。 例年のことながらチームづくりで躓いているんだろうな。巧くいってないんだろうなという想像です。 その当時、学生によく言ってたのが「やる気は5分で消える」それ程頻繁に目標を再確認しないとやる気のスイッチは消えちゃうよ。という話をよくしてました。 彼らは日本一を目指す!全タイトル制覇!という目標を掲げて日々練習してますが 親元を離れての初めての一人暮らし生活。年齢的にもいろんな誘惑が多い。好奇心をくすぐる刺激も多い都会での一人暮らし。スポーツ以外にもやりたい事が沢山出てくる年齢。世代的にもなかなか日々スイッチを入れ続けることが難しい年頃です。 じゃー当時の自分はどうだったかというと やはり頻繁に目標を再確認してないと流されることが多い。4年間できたかというと全然ダメだったなぁという思い出です。 病的なくらい集中できたタイミングもありましたが、なかなか いろんな誘惑もあり そうは出来なかったなぁ という話。

「気づき」と「教わる」の違い

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 これは自分自身の考えです。 スポーツでも仕事でも何でもそうだと思うのですが 注意されたり 教わったりしても それほどその事って自分のモノにならない気がします。 結局 「人って自分自身で気づかないと変われない」って思う。 極端な言い方ですが、スポーツでも人に教わったポイントは大舞台で何一つ役に立ちませんでした。追いつめられた時 本当に役に立ったのは 自分で気づいたポイントだけでした。 そういう意味では、恩師は重要なことは何一つ教えない 教え方でした。その恩師も恩師にそう教えられたようです。この事は改めて説明します。 仕事でも恐らく 教えられたことや 注意されたこと は自分のモノにならず 結局は 自分自身での気付きのみが成長に繋がる ということ。 TBで取り組んでいる『アクティビティーの振返りをすることによる気付き』が そういう意味でも得ることが多いのかなと感じてます。 巧く説明できませんが。。。

そもそも何で「チームビルディング」が必要なの?

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そもそも何で「チームビルディング」が必要なの? 改めて中江の考えを書いておこうと思います。 自己開示も含めるので少々長くなります。 さかのぼると高校からの話になります。中江は高校の時から弓道をやってました。地味でマイナーな部です。女子なら袴を付けてみたい!そんな憧れも有りますが、男子でやってるのは まず、運動神経に自信がなく 高校スタートのスポーツなら もしかしたら可能性があるかも。とか これなら走ったりしないから疲れないだろう とか まぁ運動神経 落ちこぼれ組としての選択であるのは間違いないです。 (全国にはそうではない高校の部活も沢山ありますが) しかも入部動機は 同じ印南中学出身の友人が 最初 弓道部に入部したんですが陸上部に鞍替えしたいので そいつの替わりに連れて行かれ入ることになった という何とも微妙な経緯でした。 そんな部で 特に頑張るでも無く 厳しい練習をしたでもなく ただ練習時間に皆で遊んでたり ふざけたりと 緩い部でした。 入部した1年生の時の3年生の女子がとても期待されていたにも関わらず 団体でインターハイ出場すること無く総体予選終了した6月に部活動を引退していたのが少し記憶に残ってるだけ。 その時も 期待されてたのにダメだったんだ〜ふーん。本番でダメだったんだな くらいな感覚でした。 考えてみるとチームになりきれてなかったんだろうなと想像できます。 2年の総体予選の時も1年生の頃からそれほど変わらず 遊び半分でした。一つ上の先輩の同期が顧問と意見が合わなかったのか全員辞めて一人しか残らず、今から思えば団体戦を組むには我々の代もしっかりやらないとイケないのに遊び半分でした。試合結果など記憶にもないくらい気持ちの入ってないやる気のない部員だったと思います。自分が3年生になった時には申し訳なかったなと気づきました。 そもそも同期にカワイイ娘がいるのが楽しくて取り敢えず休まず練習に行っているという程度の不純な動機でした。 それが 2年生の夏休みに 国体の補欠選手に(3年生の大量の引退による繰り上げ当選のような形で)選ばれることになり そこで少しだけ変なスイッチが入ったのか 秋の近畿大会に団体で珍しく出場できまして その近畿大会でのまぐれの個人優勝で本格スイッチが入ったのを記憶してます。その後です。弓の魅力にのめり込んでいったのは。 まだその頃は 個人競